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何気なく暮らしている日々の中にある『アート』を紹介していくブログ。
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photograph Ryosuke watanabe

久々に風邪を引いた。
嫌な夢とか、起きた時に悲しくなる夢ばかり見る。
体と心が繋がっているのを改めて感じる。
頭では処理できていても、深層心理の奥で感じていることが
次々と呼び出されているようだ。
頭と心は違う。
それが夢の中では顕著に現れるようだ。
起きた時の自分がブレる。

逆もまた然り。
心の調子が良くないと、体の調子も悪くなる。
普段、何気なく暮らしていると、人は心に頓着がない。
『心が弱い』という言葉で片付けられると思っている。
形のないものに『強弱』をつける。
人は形のないものに形をつけることが好きなようだ。
理解の出来ないものに形を与えることで安心感を得る。
そうやって、とりあえず恐怖を克服してきた。
しかし、それにこだわりすぎた結果、本質を見失っていった。
僕はそう思う。
大切なものの為に箱を作り始めたはずが、『箱をつくる』ということだけが
重要視されるようになって、いつの間にか中身を忘れていった。

『何の為の箱か?』と聞くと、
「わからない」という。「箱をつくることが重要なんだ」と。
そうやって箱を入れる箱を作り続け、まるでマトリョーシカのようになっても
謎の箱を持ち続ける。
こうなったら箱の中身の調子が悪くなった時、もう開けることすら困難だ。
そうして、「よくわからないけど調子が悪い」と嘆く。
周りも箱にしか頓着がないので、「もっと良い箱つくればいいのに」などと
見当違いなことを言う。
そして本人も、それを聞いて「自分の箱づくりが下手で悪いんだ」と悩む。

この中身を意識しているか、していないかで人生は全く違う。
意識していなくても楽しく生きていられる人もいれば、
意識した結果、その重さに耐えられなくなってしまう人もいる。
善し悪しは一概に判断できない。
けれど、
箱の中身の重要性に気付かず苦しんでいる人
この人たちを僕は救いたいと思う。

「心に形はないと言ったのに、中身とは如何に?」と思った人もいるだろう。
確かにその通りだ。
人間の体の中に『心』という機関はない。
なんとなく『心臓』を指してみるが、それは『心』ではない。
しかし、『心』はないのか?と言われれば、当然、ある。
形は、あって、ない。
その『心』が入っているはずの箱に『弱い』というレッテルを貼ることで
苦しんでいる人がいる。
生活の中で、自ら他人と比べて判断をする。
重要なのは、中身だ。
本当は、レッテルなんて貼る必要のないくらい心の形は自由自在だ。

まずは、中身を意識して欲しい。
本質を意識して欲しい。
難しく考えなくていい。
何の為に箱をつくり始めたのか?
本当に大事なことは何か?
それを意識するだけで、箱は取り払われていくはずだ、と思う。
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photograph Tsubasa Akimoto
edit Ryosuke watanabe


無心で踊っているようで
実際は、思考の旅をしている。
宇宙空間をワープするように
音と光の渦に飲み込まれる。

思考の旅の中で見つけた言葉たちを
おすそわけ。

クラブの中で僕が感じている感覚を言葉にするのは難しい。
僕は元々、『感覚の人』なんだと思う。
いつからだろうか、『情報の人』になってしまった。
本当に大切なことは大体『イメージ』で受け取る。
だから、今も、僕が受け取った感覚を100%伝えることが出来ない。
語彙のない所為ではある。
適切な言葉を見つけることが出来ない。

ある時から、色々なことを言語化してきた。
それは多分、その時、必要なことだったからだ。
感情を言語化、情報化することで僕は僕を形成してきたんだと思う。
そうしてうまくコントロールしている気でいた。
だから、いつも何かが足りなかった。
言葉にできない感情は、情報で形成されたパズルの中では
埋まることのないピースだった。手持ちはない。
未完成のパズルを抱えて生きるのは辛い。
その辛さに耐えられないが故に、パートナーが必要だった。
僕は、曖昧な判断でピースを手にしては、無理矢理はめ込もうとした。
そうして人を傷つけてきた。
形や色をよく観察して「これだ!」と思っても、
僕のパズルより鮮やかで、無い物ねだりの勘違いだったりする。

心のどこかに深くて暗い溝があることに気付かない振りをしていた。
いや、それを埋めてもらおうと必死だった。
情報という他人任せのアイデンティティで形成されている、僕。
このままだと、いつか、その情報が崩れた瞬間に、
僕も一緒に崩壊するだろう。
今まで気付かなかったけれど、心のどこかがその不安を抱えていた気がする。
その危険性を察知していた気がする。

思考の旅の中で、
『私が私であること』の意味が少しずつわかってきた。
もしかしたら、そのパズルは、その1ピースが欠けた状態で
完成なのかもしれない。
あるいは、これから『自分の中』で作られるモノなのかもしれない。
そんな可能性、考えもしなかったけれど、
強い人というのはそういうことがわかっている人なんじゃないか。

色んなことを情報化してきた。
だからこそ、見えないものがたくさんある。
そういった見えないものの強さを感覚で身に付けている人たちが、
僕の周りにはたくさんいるんだと思う。
結局、僕は、また情報化してしまった。
『感覚』と『情報』の間を漂うようになってしまったのは
いつからだろうか。
僕は、感情という得体の知れない渦から逃げてしまった。
怖かったんだと思う。
そしてこれからも、きっとこういう生き方しか出来ないだろう。
常に矛盾をともなって生きる。
でも、僕は少し満足している。


photograph Ryosuke watanabe

ヤングミイテングルーム

1.『イ』と『テ』が逆
2.それでも『ー』が足りない
3.それとも『ミィテ』ならもう一個『ィ』が足りない
4.っていうか、なぜ『テ』まで小さく?
5.あ、もしかして発音良く言うとそうなる?
5.そもそも『ヤング』って言ってる人は、もうヤングじゃない





photograph shotaro oyama


プロフィール
HN:
Ryosuke Watanabe
HP:
性別:
男性
自己紹介:
自分や友人の周辺で起こる日々のアートに注目。
面白いこと、紹介していきます。
興味を持った方、感想等はコメントへお願いします。
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